【この差】「丸の内(ひらがな)」と「丸ノ内(カタナカ)」の差

みんなの「この差」 この差 雑学


 
専門家:谷川彰英(筑波大学名誉教授 地名研究家)

 
この差は・・・

 新しい地名(昭和45年以降)か 古い地名(昭和45年より前)か どうか


「カタカナの丸ノ内」が古い地名。

 

先に誕生したのは「ひらがな」?「カタカナ」?

徳川家康が江戸城を建てた際に「まるのうち」と名付け、堀の内側を指していた


その後、昭和4年に町名として、「丸ノ内」として名付けた

よって、先に誕生したのは「カタカナ」

 

なぜ「カタカナの丸ノ内」にしたのか?

現在、当たり前のように文章に「ひらがな」を使っているが、当時は公式な文書には「漢字+カタカナ」を使用していた

そのため、地名も「カタカナ」に。

 

いつ「ひらがなの丸ノ内」になったのか?

1970年(昭和45年)を境に「ひらがなの丸ノ内」使われるようになった

太平洋戦争に負けた日本はアメリカの指導のもと日本の古い“しきたり”を一新しようと「カタナカ表記」から「ひらがな表記」へと変えていったひらがなは、“柔らかい感じ”があるため、戦後の日本の新しいスタートにふさわしいと考えられ、公的な文書や教科書などに採用されていった。


そして、地名も、ひらがなに「ひらがなの丸ノ内」は昭和45年以降」。そのため建て替えられた丸ビルなども、「丸の内ビルディング」に変更されている。

しかし、「東京メトロ丸ノ内線」や「丸ノ内ホテル」などは昭和45年より前に開業したため、現在もカタカナ表記のままとなっている。

 

参考、ほかの地名変更

「自由ヶ丘」は、昭和40年に「自由が丘」に。

「霞ヶ関」は、昭和42年に「霞が関」に。

 

【minnano編集部】
地名にある「の/ノ」、「が/ケ」など、正式なのはどちらなのだろう?!と思ったことがある方は多いのではないでしょうか?戦後に変化したことはたくさんありますが、「ひらがな表記」への変更も戦後一新されたことのひとつだったとは!?知りませんでした!
みなさんは珍しい地名や地名の読み方で驚いたことや不思議に思ったことはありませんか?みなさんのレポ投稿、お待ちしています♪

 

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※「この差って何ですか?(2018年1月23日放送)」をチェック!!
(配信準備中の場合や都合により放送できない放送日があります。ご了承ください。)
 

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