【この差】「緑色の葉っぱで包んだ柏餅」と「茶色の葉っぱで包んだ柏餅」の差


 
専門家:梶山浩司(東京製菓学校 校長)
 
この差は・・・

 明治時代に新暦となった際に定番化した「茶色の葉の柏餅」が残っているか どうか

現在では、真空パックの技術の発達により、緑色のまま葉を保存できるようになった。

 

なぜ端午の節句に柏餅が食べられるようになったのか?

江戸時代中期、5月5日の端午の節句には、強い男の子の象徴である「鎧や兜」を飾ったり、激流を上る鯉のように出世してほしいという願いをこめて「鯉のぼり」を揚げたり、男の子の成長や出世を願うさまざまな「縁起担ぎ」を行うようになった


「柏餅」が、「縁起担ぎ」の一つになったのは、「柏の葉」は枯れても、新しい芽が出てくるまでなかなか落ちないという特徴があるため。

子どもが生まれるまでは、親が死なない、つまり「家系が途絶えない」という「縁起物」として、「柏の葉」で包んだ「柏餅」を食べるようになった。


ちなみに、江戸時代の「柏餅の葉」は、すべて「緑の葉」を使っていた。

 

全ての柏餅の葉が茶色になったのは明治時代!なぜ、「緑色の葉」から「茶色の葉」に変わったのか?

明治時代になると外交が盛んになり、日本は海外文化を取り入れていった。中でも大きな影響を受けたのが「暦(こよみ)」。日本では元々「旧暦」が使われていたが、西洋で使われていた「新暦」を取り入れたことから、暦におよそ1か月のズレが生じてしまった
 
そのため「旧暦の5月5日」は、新暦では6月上旬頃となってしまった。しかし、暦が変わっても「端午の節句は5月5日」と決まっていたため、約1か月前倒しとなってしまった


そのため、本来6月になると20センチまで成長していた「柏の葉」が、新暦の5月では半分の10センチまでしか大きくなっていないため、「柏の葉」で柏餅をくるむことが出来なくなってしまった


困った柏餅屋さんは、大きくなった「柏の葉」を来年使えばいいと考え、蒸して殺菌し、乾燥させることで長期保存することを考案



しかし蒸すことで「柏の葉が茶色」になってしまったため、明治時代には「茶色の葉の柏餅」が定番になった。


その後およそ120年間、日本で売られている「柏餅」のほとんどが「茶色の葉っぱ」だった。

 

現在、「緑色の葉の柏餅」があるのはなぜ?

ここ20~30年くらいで、「真空パックの技術」が飛躍的に発達したため、「緑色の葉」のまま長期間保存できるようになり、本来の葉のように「緑色の柏の葉の柏餅」が作れるようになった。しかし今でも「柏餅」のイメージが強い「茶色の葉」の需要があるため、茶色と緑色の葉の2種類の柏餅が存在する。

 

【minnano編集部】
日本が新暦を取り入れたことで「柏餅」にまで影響が及んでいたとは驚きです!?柏の葉を長期保存するための明治時代の柏餅屋さんの知恵も素晴らしいですし、緑色のまま葉を長期保存できるようにした現代の技術も凄いですね!
みなさんは、「柏餅」は「あんこ」と「みそ」どちらがお好きですか?「柏餅」のオススメのお店やエピソード等、レポして下さると嬉しいです!みなさんのレポ投稿、お待ちしています♪

 

konosa-try

 
※「この差って何ですか?(2018年4月17日放送)」をチェック!!
(配信準備中の場合や都合により放送できない放送日があります。ご了承ください。)