【この差】「馬・猪・鶏・鹿の肉には別の呼び名がある」と「牛肉・豚肉には別の呼び名がない」の差

 
専門家:斗鬼正一(江戸川大学 社会学部 教授)

 
この差は・・・

 江戸時代から食べられていたか どうか



江戸時代に発令された「生類憐れみの令」によって、別の名前が付けられることに!

 

なぜ「馬」「猪」「鶏」「鹿」の肉には別の呼び名がある?

これら4つの肉の呼び名が生まれたのは江戸時代。当時は、「馬」「猪」「鶏」「鹿」の肉は食べられていたが、「牛」「豚」はほとんど食べられていなかった。つまり、江戸時代に食べられていた肉にだけ、別の呼び名がついた

 

別の呼び名がつけられたのは、「生類憐れみの令」がきっかけ!?

 江戸時代初期、江戸の町では、味はもちろん滋養強壮に良いと肉料理を出すお店が繁盛していた。

しかし、1685年江戸幕府第5代将軍徳川綱吉により出された「生類憐れみの令」により、動物を殺してその肉を食べることを禁止されてしまった。

 

薬屋で肉を販売?!

 途方に暮れた肉料理屋の店主は、店を薬屋に変更することを思いつく。

当時の薬屋では、滋養強壮に効くということで「猪肉」などの獣の肉が売られており、薬屋で売っている肉まで禁じると人々の健康に多大な影響があるとの理由から、薬屋での肉の販売は幕府に黙認されていた。

そのため、肉料理屋から薬屋に変更する店が続出した。

 

なぜ4種類の肉を別の呼び名で呼び始めた?

肉料理屋から変更した薬屋は、売っているのは肉だけで、表向きだけの薬屋だった。そこで、幕府に目をつけられないように、それらの肉を「隠語」で呼ぶようになった。


「馬肉」は生肉の色がきれいな桜色だったことから「さくら」

「猪肉」は並べた肉が牡丹の花に似ていることから「ぼたん」

「鶏肉」は江戸時代の鶏の羽が茶褐色で枯れた柏の葉に似ていたことから「かしわ」

「鹿肉」は花札の絵柄に鹿と紅葉が描かれていたことから「もみじ」と、呼ぶようにした。

 その後、徳川綱吉が亡くなり「生類憐れみの令」は廃止されたが、今も「隠語」の呼び名が残っている

 

【minnano編集部】
お肉の別名が「生類憐れみの令」をきっかけに生まれたとは驚きです?!江戸時代は薬屋でお肉が売られていたこともはじめて知りました!法律は意外なところにも影響を及ぼすのですね!!
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