【この差】「おかめ」と「おたふく」の差

専門家:斗鬼正一(江戸川大学 社会学部 教授)

 

【この差】は…

 モデルとなった女性が違う

 

【この差】のポイント!

 「おかめ」のモデルは、「夫の名誉を命と引き換えに守った女性」。

 「おたふく」のモデルは、「お金持ちの玉の輿に乗った女性」。

 

「おかめ」と「おたふく」は同一人物?

どちらも、夫婦円満、子孫繁栄、商売繁盛などの「幸福の象徴」として扱われることが多いが、それぞれモデルになった女性がいる

しかも二人は対照的な波乱万丈の人生を歩んだ結果、「幸せの象徴」になったと言われている。

 

先に登場したのは「おかめ」

「おかめ」のモデルがいたのは鎌倉時代だと言われている。鎌倉時代初期、京都にいた「長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)」という名大工に、今でも京都最古の木造建築として残っている国宝「千本釈迦堂」の建築の依頼が入った

一世一代の大仕事に気合の入る高次だったが、大事な本堂の4本の支柱のうち1本を短く切ってしまうというとんでもないミスを犯してしまう

やつれていく高次を見かねた妻は、他の3本も短く切り落としてはどうかと提案する。

この、高次に助言して窮地を救った妻こそが「阿亀(おかめ)」だった。

妻の助言のお陰で、高次は立派な本堂を完成させた。

しかし、女性が男性の仕事に口を出すことは言語道断だった鎌倉時代、しかも一世一代の大仕事に妻が助言をしたことが他人に知られたら夫の恥になると考えた「阿亀」は、すべてを秘密にしようと自ら命を絶ってしまった

高次は、「阿亀」に似せたお面を作って「千本釈迦堂」の本堂に飾り、冥福を祈ったと言われている。

そして、「阿亀」は「究極の内助の功」として世間に知れ渡り、「高次」と「阿亀」は理想の夫婦像として「夫婦円満の守り神」として広まり、やがて「幸福の象徴」となっていった

現在、「千本釈迦堂」の境内には「阿亀」を祀った「おかめ塚」が建てられている

 

「おたふく」のモデルになった女性とは?

「おたふく」のモデルは、江戸時代に京都にいたとされる「お福」という女性とても貧しい家庭に生まれたが、「お福」にある幸せな出来事が起きたことがきっかけで「幸福の象徴」になった。

ある日京都の町を歩いていた「お福」は、偶然すれ違った叶福助(かのうふくすけ)に一目惚れされ結婚する。

福助人形で有名な叶福助は、江戸時代に呉服屋を営んでいた大金持ちで、「お福」は貧しい暮らしから一転、生涯幸せに暮らした

つまり、「お福」は「究極の玉の輿」に乗った女性だった。そんな「お福」のシンデレラストーリーは世間でも評判になり、「お福にたくさんの福が訪れた」ことから「お多福(おたふく)」と呼ばれるようになった

そのため現在でも「おたふく人形」と「福助人形」は縁起物としてペアで飾られることが多い

 

なぜ「おかめ」と「おたふく」が同一人物だと間違えられる?

「おかめ」と「おたふく」が2人とも偶然ふくよかな顔の女性で、「幸せの象徴」だったことから、次第に2人は混同されるようになっていった。

 

【minnano編集部】
「おかめ」さんと「お福」さんの波乱万丈の人生、驚きました!

全く別の人生を歩んだ二人ですが、どちらも「幸せの象徴」とされているのが興味深いです。

みなさんの感想やエピソード、疑問などレポして下さると嬉しいです!みなさんのレポ投稿、お待ちしています♪

 

konosa-try

 
※「この差って何ですか?(2018年12月4日放送)」をチェック!!
(配信準備中の場合や都合により放送できない放送日があります。ご了承ください。)

free