【この差】名字ランキング6位!多数の漢字がある「ワタナベさん」の差

専門家:髙信幸男(苗字研究家)

 

【この差】は…


 〇 「戸籍法(明治4年)」における登録時の記入ミスで、たくさんの「ワタナベ」が生まれたか どうか

 

【この差】のポイント!
 最初の「ワタナベ」さんの漢字は「渡部」。

 

「ワタナベ」さんの漢字は58種類!

NTTの「ハローページ」や人名辞典で調べてみたところ、渡辺や渡部、渡邊など、58種類あった(2019年1月時点)。ただし、実はたった一つの「ナベ」という文字から、これだけの名字が発生した。

 

最初の「ワタナベ」さんの漢字は「渡部」!

飛鳥時代には、「部」を使った「渡部」さんがいたと言われている。

この「渡部」さんは、現在の大阪府にあたる場所にあった「摂津国(せっつのくに)」で「船渡し」をしていた人たちが名乗った名字といわれている。

そもそも「部」という漢字は、当時の「職業を表す漢字」。「船渡し+部(職業)」なので、「渡部(わたしのべ)」と言われていた。

その後、読み方にも変化が起き「ワタナベ」になった。そして、職業名である「渡部」が、そのまま名字になった。

 

「渡部」の次に登場したのが「渡辺」

「渡部」の次に登場したのが「辺」と書く「渡辺」。そして、「渡辺」は現在100万人以上いる名字で、現在日本の名字ランキングでも6位に入っている。

平安時代、大阪・摂津国にいた「渡部」さん。彼らは職業柄、川の近くの集落に住んでいた。その集落のことを「渡部の辺り」と呼ぶようになり、次第に「渡辺」と略して言うようになった。

つまり、「渡辺」は元々「地名」だった。

その土地を治めるために、「源綱(みなもとのつな 953~1025)」という源氏一族の武士がやってきた。その「源綱」が「渡辺綱(わたなべのつな)」と名乗るようになった。

その後、「渡辺綱」が、都に出没していた「鬼」と呼ばれる盗賊を退治したことから、その「鬼退治伝説」は、都周辺に広がることになる。

そして、「渡辺綱」の名声に憧れる「渡部」さんが「渡辺」に名前を変える人が増えた。

鎌倉時代には、船渡しの「渡辺さん」は、船操技術で各地の権力者に雇われるようになり、日本全国に広がった。

 

「部」と「辺」以外の「ワタナベ」は、どのように生まれたのか?

明治4年に「戸籍法」が制定され、戸籍を届ける時に多くの「ワタナベ」の文字ができた。

当時は名前を申請する際に、役人に口頭で伝えたため、間違えが多発した。

役所のなかには、旧字体である「渡邊」で登録するようにしてところもあったが、漢字の読み書きができない役人もいたため、記入ミスが発生!

これにより、微妙に違う漢字の「ワタナベさん」がたくさん誕生してしまった。

 

【minnano編集部】
日本で6番目に多い名字「ワタナベ」さん。編集部にもいますが、意外な成立ちに本人も驚いていました。

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※「この差って何ですか?(2019年1月29日放送)」をチェック!!専門家のわかりやすい解説と出演者のトークが楽しめますよ!!
(配信準備中の場合や都合により放送できない放送日があります。ご了承ください。)

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