【この差】意外と知らない!国名の「中国」と地方名の「中国」の差

専門家:斗鬼正一(江戸川大学 社会学部 名誉教授)

 

【この差】は…

 〇 国の中国は、「文明の中心の国」で中国
 〇中国地方の中国は、「京都と太宰府の中間の国」で中国 か どうか

【この差】のポイント!

 〇国の中国は、「中華人民共和国」の略語ではなかった!!

 

国の中国は、「中華人民共和国」の略語ではない?!

多くの方が「中華人民共和国」を略して「中国」という言葉が生まれたと思っているが、実は大間違いだった!

「中国」という言葉は「中華人民共和国」ができるはるか昔、紀元前の時代からあった!

一方、日本の中国地方の中国は、西暦800年前後の平安時代頃から呼ばれるようになり、国の「中国」を真似して付けたわけではなかった!

日本の中国地方の「中国」は、国の「中国」とは全く関係無い!

 

国の「中国」と中国地方の「中国」の名前の由来とは?

国の「中国」の名前の由来

国の「中国」と日本の中国地方の「中国」。その言葉の由来は、国の名前は「中心の国」、地方の名前は「中間の国」という事になる!

まず、国の「中国」は、その名前の由来は「中華思想」からきている!

「中華思想」は、「華」というのは「文明」のことで、「中華」というのは「文明の中心」と、自分達は文明の中心にいるという考え方だった。

自分たちの国は「天下の中心」だから「中国」とこういう風に呼んでいた!

続いて、日本の中国地方の「中国」は、西暦800年頃、平安時代に名付けられた。

中国地方の「中国」の名前の由来

当時政治の中心は「京都」で、もう1つ中心として九州の「太宰府」があった。

現在の福岡県に位置する「太宰府」は、当時、大陸や朝鮮半島との外交を行う場であり、九州全体を治める、西の中心地でもあった。

そこで、この2つの中心地、ちょうど中間の地点にあるので、この辺りのことを「中間の国」で「中国」という風に言っていた!そして、これらの「中国」は、アクセントが違うのもポイント!

 

中国地方の「中国」の範囲が違う?

当時の地図を見ると、現在の中国地方とは範囲が違うが、これは明治になって、日本を8つの地方に分けた。

その際に、かつてこの辺りが「中国」と呼ばれていたので、中国地方と呼ぶようになったとのこと!

 

【minnano編集部】
国名の「中国」が「中華人民共和国」の略ではないのは知らなかったです!!

学校で習ってきた歴史とは違う内容は興味深いですね♪

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※「この差って何ですか?(2019年8月13日放送)」をチェック!!専門家のわかりやすい解説と出演者のトークが楽しめますよ!!
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