【この差】都道府県の「府」と「県」の差

専門家:谷川彰英(日本地名研究所 所長)

 

【この差】は…

 明治政府が重要な場所としていたか どうか

 

【この差】のポイント!

 明治政府ができた際、商業や貿易の拠点などの重要地点10箇所を「府」にした。

 

「府」は大阪と京都だけ

関西には2つの府と5つの県があるが、なぜ大阪と京都だけ「府」なのか

全国的に見ても、「県」は43もあるのに、「府」は大阪と京都の2つだけ。

「府」と「県」には実は明確な差があった

 

「府」は10箇所あった?!

江戸時代には全国に多数の「藩」があった。1868年、明治政府が出来た際に、商業地や貿易の拠点などの重要な地点10箇所を「府」にした

それが、
1. 箱館(はこだて)府
2. 越後(えちご)府 ※現・新潟
3. 神奈川府
4. 甲斐(かい)府 ※現・甲府
5. 京都府
6. 大阪府
7. 奈良府
8. 度会(わたらい)府 ※現・三重
9. 長崎府
10. 東京府

函館、越後、神奈川、長崎、奈良は港がある。度会は伊勢神宮のある場所。

 

なぜ「府」は減った?

1971年(明治4年)、明治政府は「廃藩置県」を行い、全国にあった「藩」をなくして「府」と「県」に定めた同時に、明治政府10箇所あった「府」を3つに絞った。それが、京都と大阪と東京。

特に重要な場所であった、政治の中心である「東京府」商業の中心である「大阪府」かつて天皇が住んでいた「京都府」を残した。

 

なぜ東京だけ「都」になった?

1943年(昭和18年)、太平洋戦争中に東京府から東京都へ変わった

その頃の東京府は、現在の東京23区にあたる東京市、北多摩郡、南多摩東郡、西多摩郡の4つの地域に分かれていた

しかし、東京市は人口増加や多くの企業の進出により、東京府の一部である東京市の力が強大になっていった戦時中にもかかわらず、東京市は東京府のいう事さえも聞かなくなってしまい、いわば二重行政の状態になってしまった。

そこで、戦時中にいがみ合っていては良くないという事で、東京市も東京府もやめて、新しく「東京都」になった

 

【minnano編集部】
府が10ヶ所もあったとは知りませんでした。

東京府が東京都に変わった理由も意外です!勉強になりました!!

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※「この差って何ですか?(2015年7月12日放送)」をチェック!!
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