【この差】「いか揚げはない」のに「たこ揚げはある」の差

 
専門家:専門家:斗鬼正一(江戸川大学 社会学部教授)
 
この差は・・・

 「いかのぼり」が「たこのぼり」に変わり、「たこ揚げ」と呼ばれるようになったから


元々は四角形に脚のついた「紙鳶(しえん)」を「いかのぼり」と呼んだ。

 

「たこ揚げ」の起源は戦の合図

今でいう「たこ揚げ」は、5~6世紀頃中国で生まれた。当時の「たこ揚げ」は現在のような遊びではなく、戦で遠くの味方に攻め込むことを知らせる合図として使われていた

当時揚げられていた「たこ」は、敵に合図だと悟られないように、鳶(とび)という鳥に似せた形をしていた。

そのため、「紙」に「鳶」と書いて「紙鳶(しえん)」と呼ばれていた

最初は戦に使われていた「紙鳶」だが、やがて中国の貴族の遊びとして定着

平安時代になると日本に伝わり、日本の貴族の間で流行した。

江戸時代になると庶民の間にも広まり、「紙鳶」を揚げることが一大ブームとなった。当時の浮世絵にも、たくさんの「紙鳶」が揚がる様子が描かれている。

 

「いかのぼり」と呼ばれたのはなぜ?

くるくると回らずより長い時間飛ぶように「紙鳶(しえん)」に重りとして脚を付け始めたのがきっかけ

四角形に長い脚が付いている姿が「いか」に似ていることから、だんだん庶民の間で「いかのぼり」と呼ばれるようになった。

江戸初期に書かれた文献「紙鳶3巻」にも、漢字で「紙鳶」と書いて「いかのぼり」と読んでいたことがわかる

 

なぜ「いかのぼり」から「たこのぼり」になったのか?

「たこのぼり」いう言葉は、幕府によって禁止された「いかのぼり」を続けたいという一部の庶民が考えた屁理屈によって生まれた

江戸時代初期の「いかのぼり」ブームにより、たくさん揚がった「いかのぼり」同士が接触して喧嘩が多発したり、落下した「いかのぼり」が当たりケガ人や死者が出たりするようになった。
さらには大名行列に落ちて大事件になり、社会問題に発展した。

そのため江戸幕府は1646年、ついに「いかのぼり禁止令」を出した

それでも庶民の「いかのぼり」熱は冷めず、禁止令を無視して「いかのぼり」を続ける者が現れた。
「いかのぼり」を咎める役人に、付いている脚が8本だと示して、「いか」ではなく「たこ」、「たこ」が空に揚がるから「たこのぼり」だと主張したのが、「たこのぼり」の始まり。

1656年には「たこのぼり禁止令」も出されたが一部の庶民は全く言うことを聞かず、「いかのぼり」は「たこのぼり」と呼ばれるように。「たこのぼりを揚げる」ことから、いつしか「たこ揚げ」という呼び方に変わっていった。

 

【minnano編集部】
まさか「いか揚げ」はないだろう、と思っていましたが、元々は「いかのぼり」だったとは?!しかも、「たこ揚げ」は「いかのぼり」を禁止された人々がどうしても続けたくて思いついた屁理屈からうまれた呼び名だったとは?!驚きの連続です!!
みなさんの感動や疑問、エピソード等レポして下さると嬉しいです!みなさんのレポ投稿、お待ちしています♪

 

konosa-try

 
※「この差って何ですか?(2018年4月24日放送)」をチェック!!
(配信準備中の場合や都合により放送できない放送日があります。ご了承ください。)